日本におけるディスコ



















あなたは何店舗行ったことがありますか?
70年代、80年代に東京で流行った有名ディスコを一覧で紹介しながら、日本におけるディスコの歴史を振り返ります。

 レイジースポット(渋谷)
 ジ・アザー(新宿)
 ムゲン(歌舞伎町)
 ビブロス(赤坂)
 メビウス(六本木)
 ツバキハウス(新宿)
 ワンプラスワン(新宿)
 ブラックシープ(上野)
 シャトー(浅草)
 マジック(六本木)
 キサナドゥ(六本木)
 ナバーナ(六本木)
 ゼノン(新宿)
 ラ・スカーラ(渋谷)
 マハラジャ(麻布十番)
 エリア(六本木)
 キング&クイーン(青山)
 日比谷ラジオシティ(有楽町)
 トゥーリア(六本木)赤坂「ロンドクラブ」
 芝浦GOLD(港区海岸)
 ジュリアナ東京(芝浦)
 ヴェルファーレ(六本木)
 Vanilla(六本木)
 Yellow(六本木)
 Core(六本木)
 ageHa(新木場)

 中川三郎が、1965年ディスコをつくり、所得の少ない若年層が来やすいように、値段が安くラフな服装でも訪れやすいようにしてダンスの普及をしたのが日本におけるディスコの始まりといわれています。
 その後1968年に赤坂「ビブロス」が誕生し、一般的なディスコの走りになっていったといわれています。
 当時の「ムゲン」は、渋沢龍彦や三島由紀夫、三宅一生、加賀まりこ、沢田研二、安井かずみ、前野曜子、グッチ裕三などの時代の先端を行くそうそうたるメンバーで賑わっていたそうです。
 今では主流となったレコード演奏のみでの営業は、1971年に六本木にオープンした「メビウス」が日本で最初だといわれています。

 映画 『サタデー・ナイト・フィーバー』が日本公開されて大ヒットしたことによる、1975年から1979年にかけてを第一次ディスコブームと呼びます。 新宿、渋谷、上野、池袋などの繁華街に多数のディスコがオープンしました。

 サーファーディスコブーム(1981年~1984年)
 この頃のディスコブームを象徴するのが六本木スクエアビルです。 なんと地下2階から10階までの12階中、1Fと4Fを除く全てのフロアがディスコだったのです。
 六本木を震源地に広がったサーファーディスコブームでしたが、徐々に渋谷、新宿へと文化が移転し、そのパワーは次第に廃れていきました。

 ウォーターフロントブーム(1988年~1991年)
 東京の湾岸地区や横浜のベイサイド、有明にディスコが多く誕生しました。
 MZA有明(江東区有明)に始まり、「オーバー2218」、「サイカ」、「ゴールド(1989年)」、「横浜ベイサイドクラブ(1987年)」などのナイトクラブやディスコが次々誕生しました。

 ジュリアナ東京ブーム(1991年~1994年)
 社会現象となったディスコですね。
 バブルの象徴としても代表されるジュリアナ東京では、羽のセンスを持ったボディコンギャルが高さ約130cmのお立ち台の上を所狭しと踊っていました。 水着や下着、手作りしたボディコンを着用してセクシーさを争う者も現れ、女性たちが振り回していた扇子は「ジュリ扇(じゅりせん)」と呼ばれました。

 そんな社会現象を巻き起こしたジュリアナ東京ですが、1994年に遂に閉店となりました。
 閉店日は入場料が無料となったこともあり、数千人入る巨大ディスコにも入りきらないほどお客が詰め掛け、田町駅から行列ができ、アンコールの声は閉店翌日の昼過ぎまで続いたそうです。 まさに伝説のディスコですね。


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